出産の話私には二人の娘がいる。
それも、誕生日が1分違いである。 現在、彼女たちは3歳。
娘だが、まだ子ども。
これは、その子供たちを産むときに 体験したお話です。
結婚して、いろいろな書類を用意し、 約半年後にやっとの事で引越しをした。
引越しの時の苦労話はまた違う機会にお話するが、 その半年後、まだ、一年もたっていない頃に 私たちはその家から出て、アメリカに引っ越してきた。
アメリカに引越しをする前の約3ヶ月ほど前、 友達とベースの酒場に遊びに行った。
その時は少し風邪ぎみで、ビールを飲んでは 具合が悪くなり、そのたびにトイレに駆け込んで行った。
その時はただたんに風邪だと思い込んでいたので、 さして気にも留めなかったが、 我が家の常備薬、バッファリン(爆)も効かず、 友人にすすめられた、焼きにんにくも 油汗がにじむばかりで、体の熱っぽさは全く 消えなかった。
そして、いいかげんこれは、何かが違うと思い、 よ〜く考えてみたら、生理がしばらくの間無い事に やっと気づいた。
余談になってしまうが、私の母親は今なお現役の 白衣のばあさん(笑)である。
それも産婦人科病棟である。
普通なら、母の病院に行くのが筋であるが、 もし、違ったら、えらく恥ずかしい思いをするのは 母である。
で、私は近所の病院を適当にえらび、 個人病院の産院に検査をしに行った。
そこの病院は海軍のベースの近くという事もあって、 住所や名前を記入する欄には、英語の訳まで書いてあると いう洒落た病院だった。
先生は40代くらいだろうか、、、。
とにかく、物の言い方がきつく、なんでもかんでも、 「これはこうなんだ!」と相手に意見を同調させるような 感じの先生だった。
検査をしてみると、やはり、妊娠。
うれしいやら、どうしようやらで複雑な気持ちで 先生の診察を受けていると、 いきなり、「で、生むの?生まないの?」と ぶっきらぼうに聞いてきた。
私の複雑で、なんとも言えない感情をぶち壊すような 発言をされたので、思わずむっときて、 「だって、私、結婚してて、専業主婦ですよ。そう紙にも 記入しましたけど。どうしてそんな事、聞くんですか?」と 余計な事を言ってしまった。
先生は「だってね、出来たからってみんながみんな産む訳じゃ ないんだよ!だから、君にも聞いてるんだ!」と 答えた。
確かに先生の言っている事は合っているが、 聞く相手を選ぶか、言葉を選べ!と心の中で 突っ込みをいれてしまった。
そして、ここの医者にはもう来ないと心に決めた。
そして、母にとりあえず報告でもしようと思い、電話をかけた。
そして、第一声が
「あんた、アメリカにもうすぐ行くのに、どうするの!!!(怒)」
どうするも、こうするも、アメリカに行ったからって、 別にスーパーモデルにでもなれるわけじゃあるまいし。。。
と思いつつ、「産むよ。アメリカで産むよ。」と その場で宣言してしまった。
私よりも、母の方が動揺していたのは確かだった。
なぜなら、私は人が実際子どもを産む所を 見たことなければ、自分で経験した事ももちろんなかった。
でも、母は仕事として、それを日常生活の 中で経験しているのだ。
きっと、この時の母の頭の中では、 産むときなんらかの事情があって、不幸にも生まれなかった その時の赤ちゃんたちの顔が次々に浮かんだのであろう。
ましてや、出産する場所がアメリカである。
自慢じゃないが、結婚が決まるときまで、 私はパスポートのひとつも持っていなかった。
そんな私に子どもなんて産めるのか?
普段からだらしない生活をしているあの娘に ましてや、海外で子どもを育てる事ができるのか?
産む時にやたらと叫んだり泣いたりして、 先生や看護婦さんに迷惑をかけないか?
(母は子どもを産む直前までこのことを気にしていた。実は。)
そんな事が有象無象に頭を駆け抜けていったに違いない 事はこんなばか娘にでも想像できる。
が、だんなの日本での就職先がないかぎり、 一億長者にならないかぎり、 アメリカにだんなが行ってしまうのは確実だ。
やっぱり、だんなと二人きりでもいいから、子どもを産もう。
なに、一人くらいなら、なんとかなるさ。
だんなのお母さんもきっと協力してくれる。
そう決心して、私は母に「アメリカで産む」宣言をした。
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